新町通り(京都通り名・南北編⑮)
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「新町通り(しんまちどおり)」
明治期までは北は十条通、南は七条通の範囲でしたが、
市街地の拡大とともに南北へそれぞれ延伸していきました。
現在の北端は加茂街道に繋がる紫竹玄以通(しちくげんいどおり)から
南は京都駅周辺で中断されますが、十条通に至る約9kmの路です。
新町通り沿道の建造物
・京都府庁・京都府警察本部
・京都地方検察庁・京都地方法務局
・京都第二赤十字病院
・東本願寺 等
「新町通り(しんまちどおり)」
明治期までは北は十条通、南は七条通の範囲でしたが、
市街地の拡大とともに南北へそれぞれ延伸していきました。
現在の北端は加茂街道に繋がる紫竹玄以通(しちくげんいどおり)から
南は京都駅周辺で中断されますが、十条通に至る約9kmの路です。
新町通り沿道の建造物
・京都府庁・京都府警察本部
・京都地方検察庁・京都地方法務局
・京都第二赤十字病院
・東本願寺 等
「衣棚通り(ころものたなどおり)」
室町通と新町通に挟まれた筋で、北は下長者町通から南は五条通りに至る約2.9kmの路ですが、
一条通から上長者通の間では中断しています。
1580年頃から大規模に進められた、豊臣秀吉の京都大改造後に開かれた通りで、
三条通近辺に袈裟袋の商店が多くあったことが名の由来とされている。
衣棚通り沿道の建造物
・ちおん舎(西村家) 等
「室町通り(むろまちどおり)」
北は北山通から南は十条通に至る延長約8.1kmの路ですが、
途中東本願寺や京都駅周辺で中断しています。
通りに面する一画に足利義満が将軍家邸宅「室町殿」を造営し、
通りの名が時代の呼称にもなったそう。
「室町殿」は壮麗さから「花の御所」と呼ばれた。
室町通り沿道の建造物
・東本願寺
・三井越後(三越)京都本店記念庭園
・平安女学院 等
「 両替町通り(りょうがえちょうどおり)」
北は丸太町通から南は三条通に至る約2.3kmの路ですが、
途中三条通から高辻通の間が大きく中断されています。
南の延長線上には、高辻通りから花屋町通りまでが
「諏訪町通り(すわんちょうどおり)」と呼ばれています。
通りの由来としては江戸時代に銀座や両替屋が並ぶ金融街であったことから、
両替通りとよばれるようになったそうです。
元禄期には全盛を誇り、その派手な生活ぶりは「両替町風」と
呼ばれていたそうです。
両替町通り沿道の建造物
・NHK京都放送局
・京都労働局
・二条殿跡
・徳川時代 銀座遺址 等
「 烏丸通り(からすまどおり)」
北は北大路通りから南は京都駅で途絶えますが、再び八条から久世橋まで続くの路。
元は烏丸小路(からすまるこうじ)という狭い道路で平安時代からあり、
由来としては、烏丸通にもともと河原の洲の間「かわらのすのま」と呼ばれていた小川が流れており、
その音に烏と丸を当て「烏丸(からすま)」となったと言われています。
最初は烏丸(からすまる)とも世慣れていたそうですが、省略されて「からすま」となったそうです。
現在の烏丸通りと言えば、特に四条烏丸を中心にビジネス街とされ、
多くの企業や商業施設が集積している京都のメインストリートでもあります。
沿道には、京都を代表する企業の本社や大規模な商業施設等が数多く立地している。
烏丸道路下には、京都の人が数多く利用する京都市営地下鉄烏丸線が通っています。
烏丸通り沿道の建造物
・東本願寺
・同志社大学
・京都御苑(京都御所)
・京都タワー 等